NTliveを語る会vol.6──『アレルヤ!』の回
2019/7/20 13:30~16:00
東京大学駒場キャンパス
司会進行:河合祥一郎(東京大学教授)
ゲスト:村上祥子(ロンドン在住ライター)、兵藤あおみ(演劇ライター)、柏木しょうこ(字幕翻訳家)、中村未知子(カルチャヴィル)(敬称略)
*7/23公開、7/24修正・追記
2019/7/20 13:30~16:00
東京大学駒場キャンパス
司会進行:河合祥一郎(東京大学教授)
ゲスト:村上祥子(ロンドン在住ライター)、兵藤あおみ(演劇ライター)、柏木しょうこ(字幕翻訳家)、中村未知子(カルチャヴィル)(敬称略)
*7/23公開、7/24修正・追記
個人的にはご無沙汰になってしまったが語る会も6回目。待ちに待った『アレルヤ!』ということで参加してきました。
比較出来るのが1回目のマクベスだけですが、年齢層の広さと男性の参加者が目立ったのが印象に残りました。
色々あって(人生なので)去年現地で観劇したので、まとめの前に簡単な感想とかツイッターで勝手に宣伝活動していたログを残しておきます。まとめだけチェックしたい人はサーッとスクロールするか、もっとシンプルでわかりやすいこちらのnoteをどうぞ👉
ナショナルシアターライブを語る会のアレルヤ!回まとめ|カッキー @kakkyaa
https://note.mu/kakkyaa/n/n85fc9a5e770c
現地で見た雑感
- 「Allelujah(アレルヤ)」あるいはHallelujahは「神を褒め称えよ」という意味の聖句だ。ジョン・コーエンの曲が有名らしいが個人的にはヘンデルのオラトリオ〈メサイア〉が思い浮かぶ。(そういやタイトルは「アレルヤ」なのに劇中の歌詞は「ハレルヤ」になっていたのは何故かを質問しそびれた。)
その名を冠した歌の晴々しさとは裏腹に、なんとも身の置き所のわからない話だな・・とそこそこ以上に裕福そうな人たちに囲まれたS席で天井を見上げたのを強く覚えている。この世にあって「天国」という国はない、それでも生きていかなければどうしようもない、という塞がりきらない傷のような諦めと希望を、ただの旅行者である自分がその場で受け止めきるのは難しかった。NTL上映決まってからも「これ面白いのかな~」とグネグネ考えていたが、スクリーンという距離を置いて、ネイティヴ言語で改めて鑑賞して、ようやく作品と自分の距離が定まって色々言葉に出来た感じがする。
〈主役〉になる人物が登場しないのが〈メサイア〉の特徴とも言われる。「Allelujah!」も軸になる話の担い手はコールマン父子であり、彼らが映し出すのはサッチャー以前/以降の世代の分断ではあるが、それだけが中心ではない。アラン・ベネットが描こうとしている「関係の中における人間」の矛盾した言動や盲目的な振る舞いの理由を考え続けてしまう。 - バーネットはん演じるコリンくん、役柄的にも存在感としてもおいしいというか「良い」キャラクターだ。矛盾と貫徹、迷いと信念など対立する二項が破綻無く同居する上手さ。内面と外面、自分と他人など(そのキャラとしての)関係の距離感の掴み方が抜群で、バーネットはんはとにかく「バランスがいい」と思う。『アレルヤ!』内ではサイクルジャージに個人的にものすごく関心を寄せているのですが(足がなげえ~~~~~~)、役作りとしての身体形成とは別の、キャラクターとしてのあるべき投身のバランスを感じている。何を食べてどれくらい運動して等の選択抜きで「あるべき姿」を取るのが許されるのは二次元だけであって三次元のそれは結果としての後付けでしかないのだが、舞台の上にいるバーネットはんはどの角度から見てもコリンくんとして存在しているんだよな。「いるかもしれない」をひょいと飛び越えて「そこにいる」と思わせてくれる。きちんと過去・未来を乗せた演技をしてくれるひとであると信頼できるのが嬉しい。
- ジョーに歌うよう促され、嫌がりつつも立ち上がったところで母親をダシにされた瞬間の余裕が消え失せた顔は劇場では遠くてわからなかったので、スクリーンで認識した瞬間に一番好きなシーンになってしまった。(次点は序盤のジョージに呼びかける「ハァイ💛」です。恋をしている発声なので・・)Blow the window southerlyは「あの頃」のコリンくんがよく口ずさんでいた歌なんだろうか。
- 初対面のヴァレンティンを完全に論破するつもりでとりあえず話を聴いているところも、強烈なプライドと、故郷ですらひとつも息が抜けない苦しさを感じさせるし厭なだけのキャラになってないのがすごい。ギルクリストに「(病院の閉鎖に)迷いが?」と切り返された時に盲進している理想と現実の衝突、自分の中の迷いを自覚して、それでも最後は振り切っていってしまう切なさ。
- 要約すると「バーネットはん・・すてきよ・・」です。すてきよ・・(思い出しうっとり)
面長最高幕府宣伝活動ログ
ざっくり!『アレルヤ!』見る前に!
- NHSって何?→イギリスの国営保健サービス。第二次世界大戦後に労働党政権により設立された。国営なので利用者の所得等に関わらず基本的に無料で利用可能。治療だけでなく予防やリハビリも範囲に含む。2012年ロンドン五輪開会式にも出てきた国民の心の拠り所。
- NHSとサッチャー→NHSの財源は税収なのでコスト面の問題は常に深刻。オイルショックなど世界的な不況もあり、組織の再構築と業績評価指標を導入した。良く言えば「頑張れば頑張っただけ報われる」やり方になったと言えるが・・(いわゆる「新自由主義」の導入)
- NHSとサッチャー続き→「サッチャー政権は福祉にかかるお金を減らすために事業を民営化していったよ(ブレア政権もだいたいその流れで頑張ったよ)」「個人の努力を尊ぶネオリベ傾向が強まったよ」「民営化で質が高まったかというと案外そうでもないよ」
- バーネットはん演じるコリンはどういう役なの?→保健省(NHSの予算を管轄している)から委託された民間の経営コンサルタント。物語は彼の父親が入院しているThe Bethを訪ねるところから始まるよ。親子関係の対立がそのまま世代間対立に投影されているよ。
- 「政治」がわかんないからなあ→制度そのものについてよりは、「NHSがイギリス国民にとってどういうものか(すごく大切なものなんだな~)」の心理的な部分を知っておいた方がアラン・ベネットが伝えようとしていることは理解できるんじゃないかと思う。
読み物
ブレイディみかこ『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』EU離脱はトランプ躍進を引き合いにされて語られるような排外主義の高まりという単純なものではなく、もっと身近な経済問題に端を発する当然の結果だと解いていく過程が面白い。ゆりかごから墓場までを始めたのも終わらせたのも労働党だった、というのがなんとも皮肉というか。今まで「労働者階級」としてひとくくりにされてきたことで見えていなかった問題もあれば、「白人」とラベリングされたことでマイノリティとして認識されず救済の対象から漏れてしまう問題もある。
著者の友人=白人労働者階級へのインタビューが秀逸。なにかにつけ英国の「階級意識」の強さに驚かされるけど、それはある意味では誇り(だった)なのよな。『アレルヤ!』関連事項としては元NHSスタッフのインタビューが興味深かった。カウンセラーのようなセンシティブな専門職の英国籍スタッフが移民スタッフに抱く不安も、「そう思う自分はレイシストなのではないか」という怖れも現実にはある。フェミニズムと労働者階級の男たちの連帯や、「パレードへようこそ」を例に出して異なる立場の人間が社会のシステムを変えるために協力して起こしていた運動がサッチャー政権以後は「自己責任」の話にすり替えられ、マイノリティを更に分断した流れも紹介されていました。後半の労働者階級百年の歴史まとめは『アレルヤ!』に限らず他作品理解にも役立つのでおすすめです。
アラン・ベネット『Allelujah!』(Kindle)
語る会時点で物理書籍の在庫がなかったんですが、今見るとハードカバーの在庫は復活しているな。リンクはKindleです。
出版時点の脚本と上演内容に大幅な変更は特にありませんが、最後の台詞の変更はなるほどなと思ったので気になる人はチェックしてね。
ちなみにおれが幕間インタビュウで一番好きな場面は「アランは稽古しながらどんどん(セリフを)変えていくから……」と言うサシャさんの横で「コーラスのところ、コーラスとしか書いてなくて!」ってめちゃくちゃ笑ってるバーネットはんです。
耳で聞く読み物としてポッドキャストも紹介します。
妄想ロンドン会議 第170回:医療制度は文化だ!?英国と日本、こんなにも違う医療制度の違い
iTunes Soundcloud
アーカイブにはNTLレビュー回も。『アレルヤ!』も鑑賞されていたのでそのうちアップされるのでは。
あとは何冊かNHSというかイギリスの福祉政策に関する本や論文を拾いましたが、そこまで制度的に詳しい内容を理解していなくても大丈夫です。読むなら各種ニュースサイトでキーワード検索して「揉めてるな~」という記事を読んだらいいと思う。(まとめ内でも適宜関連ニュースは紹介していきます。)例えば👉
医療制度NHSに注ぐイギリス人の献身的な愛|コリン・ジョイス|ニューズウィーク日本版
https://www.newsweekjapan.jp/joyce/2018/07/nhs.php?t=1
映画
炭鉱町と俺達の生活、というくくりで探した。『ヒストリーボーイズ』後半にCMするので割愛。
『リトル・ダンサー』コリンは和解できなかったビリー・エリオット、という言及もありました。ミュージカル『ビリー・エリオット』十周年記念版はamazonプライムビデオでレンタルも出来ます。ブルーレイ通常版がめっちゃ安い。
『ブラス!』Netflix○ amazon レンタル○
『パレードへようこそ』どっちにもなかった・・
炭鉱の希望とままならなさ。
『ミス・シェパードをお手本に』Netflix○ amazon レンタル○
脚本と演出家とキャストが被っているので、作品の雰囲気を掴むのに良いのでは。内容も「高齢者の尊厳」「他者の人生にどう関わっていくべきか」「内面の葛藤と外面の理想」と通じるテーマが描かれています。
文化としてのNHS
『アレルヤ!』と直接関係ないようであったりしますが、ロンドン五輪開会式では今日まで息づく我が国の歴史としてNHSを取り上げています。監督は『トレインスポッティング』のダニー・ボイル。英国民にはどういう文脈だったか?という記事をいくつか👉オリンピック開会式が自虐芸なイギリス - WirelessWire News
https://wirelesswire.jp/2012/07/32853/
五輪開会式はUKカルチャーの優れた宣伝だったと思うか?
>悪い部分も嫌というほど体験した上で、それでも、やっぱり良い。と思うものには、個人的な価値判断や美意識の基準において圧倒的に評価できる何かがある
ロンドン五輪当時の首相はキャメロンでしたが、イラク戦争支持で評価ガタ落ちしていた労働党政権打倒すべし!と出てきた保守党の新星だったのに「NHSは解体しません!」→「解体します」という手のひら返し(サッチャーでも「これやったら終わり」と言っていた)をやってむちゃくちゃ嫌われており、キャメロン専用画像コラサイトが爆誕したり、これを書いている今このときにボリス・ジョンソン首相の就任が決まったがついでに、と言ってはなんだがツイッターのトレンドになるくらいdisられていたりしている。『アレルヤ!』内で名指しされるのはサッチャーぐらいですが、各政権の失態や事件への目配せはきちんとあるので国民が見ると本当に「そうだそうだ!」という感じなんじゃないだろうか。
舞台か~イギリスのドラマは好きなんだけどな~名前がサミュエルで姓がバーネットはんな人とか、サシャでダワンな人とかキャストはちょっと気になるけど・・というあなたにはこちらの素晴らしい紹介記事を👉
イギリスドラマファンにこそNTLアレルヤ!を見てほしい話
https://musicalandplay.com/2019/07/12/ntlive-allelujah/
劇評
実際に現地ではどのように評価されていたのかを簡単に紹介します。- Variety
NHSの行き詰まりと国家の苦境を重ね、ユーモアを込めつつ人間性よりも効率性を重視する経済新自由主義をけなしている。しかし各シーンに込められた皮肉は鋭すぎて実態を反映していないのではないか? - NYタイムズ
アラン・ベネット流の洒落に飾られている静かな怒りと失望。政策批判に殺人ミステリーと話の筋は過剰に思えるが彼にとってここは公開討論の場なのだ。年をとっても失われない希望の象徴としての音楽が、年老いた登場人物たちを解放するラストダンスに彼の独創性を見るだろう。 - インディペンデント
NHS70周年へのプレゼント。ハイトナーの直感的な演出と「恐れるべきは死ではなく生」というユーモアと信条でベネットが紡ぎだす普通の人々の素晴らしい人生。Peter Fobesは病院の理事長を、Sacha Dhawanは移民の医師を魅力的に演じている。 - テレグラフ
やった!アラン・ベネット6年ぶりの新作だ!ブリッジシアター演出家のハイトナーと我々ファンにとって嬉しいことになっているか?実のところ半分YESで半分NOだ。大量のテーマを前に暗い部屋で横になっていたくなるほどだがセンスある会話の応酬は健在なので楽しめるかが鍵だ。 - ガーディアン
ベネット作品らしく辛辣な点が幾つかある。「効率的な」病院運用のためテレビ撮影を計画する理事長とその行動自体が非効率の証明だとみなすコリン。最も愛を持って働くバレンティンはあることに怯えている。例の行動も「効率性」の残酷な論理だ。鋭くおかしく破壊的に政治的な舞台だ。
>be caught between feeling “thank heavens” and “what the hell?".
「サンキュー」と「何だこれは」の間で板挟みになる
が好きなセンテンスですね。
さてやっと本題。今回、途中休憩は挟みましたが内容としては一部・二部構成ではなかったので、なんとなく時系列で通してまとめています。
語る会まとめ
発言者は河合先生=KW、村上祥子先生=MS、兵藤あゆみさん=HD、柏木しょうこさん=KGと敬称略でイニシャル表記しています。メモ不足や勘違いなどあること前提で鵜呑みにはしないでほしい。[]はニュアンスの補足や参考資料の提示です。HY:[『アレルヤ!』をラインナップに加えた理由は]今シーズンのラインナップにオリジナルが何作品かあるが、時代設定が現代で、アラン・ベネットものなので上映を決めた。ミュージカル仕立てだが現代の問題が描かれている。シェイクスピアがどんどんコンパクトになっていく中でこの重厚な群像劇は珍しい。
ゲストの感想や体験談
MS:上演前から話題になっていたが、前売りチケットがとれないことはなかった。アラン・ベネットはイギリスでは有名なので、それも6年ぶりの新作ということでかなり注目されていた。[本国では]『ヒストリー・ボーイズ』がとにかく人気で。そのキャストと製作陣の再集結だったがいわゆるスターはいないので、完売というわけではなかった。観た人の反応でも、最高傑作ではないという声が聞かれた。ただアラン・ベネットらしさはとてもあったと思います。KG:結構「エモ」に来た。ハイトナーはとにかく演出が巧い! ちょっと気持ちがもやもやしたところに明るい音楽を持ってくる。壁をスライドさせる場の転換も雰囲気が変わる。翻訳していてもそうだった。[*今作では字幕自体は別の方が作成され、柏木さんは監修という立場です。]字幕で綺麗にまとめきらずに、素直に台詞の「らしさ」を出して行こうと。普通は皮肉や日本では過激なジョークを丸めたりするが、それはせずに。演技や表情がダイレクトなので、それが持っている伝わる力を、台詞と台本の力を信じた。
KW:ハイトナーはナショナル・シアターのアソシエイトディレクターをやっていたんですが、安心して見ていられる実力がある。
KW:一通り感想を頂きましたが、みなさんに聞く前に「NHSって何?」から始めたい。NHSはイギリスの医療サービスで、無料で受けられるが待ち時間が長いなどの問題点がある。実際に住んでいらっしゃる村上さんに待ち時間長いエピソードなどを聞いてみましょう。
MS:(笑)イギリスに14、15年暮らしています。NHSエピソードには事欠きません。税金で賄われているので、GP、日本語だとかかりつけ医ですかね、それを経由しないと病院にかかれない。GPの予約が大変。今取れたとしても一週間後とか、そこでなんとかなればいいが、駄目だとなると専門に紹介するというプロセスが更に待っている。救急救命だと待ち時間は無いが、それを理由にみんな殺到するので5~6時間待つ。半日休みをもらったぐらいじゃとても間に合わない。
KG:私は短期滞在で、その間元気だったので(笑)NHSのお世話にはなっていないんですが、一緒に仕事をしていた人が個人で保険に入っていて。NHSじゃとても足りないからプライベートの保険に入る人も多いんです。それで「保険に入るために働いている」と言っていました。
KW:[国営故の]効率の悪さ、みたいなのは否めない。
KG:建物でもなんでも古いと不便は違うよな~と思ってました。
KW:古さは公平性との担保でもある。
MS:滞在期間が限定されている、駐在員なんかは保険に入る。民間の医療サービスはすごく良いので・・行ったらドリンクが無料で振る舞われるとか予約が取りやすいとか、差が激しい。
KW:こういう「階級の差」は我々日本人には少し想像が難しい部分ですね。『アレルヤ!』劇中での「空港にはVIPラウンジがある」とか。僕はケンブリッジに6年いたんですが、歯の詰め物が取れたのでNHS行ったら医者がすごく不器用な人で・・(笑)「こんな風に詰めてるんだ、どうやってるんだ」とか言いながらなんとか治療して、でも一週間後には取れてとか、技術的に駄目だった。
[補足:NHSでも歯科治療は患者負担が8割なこと、予約が取りづらいこと、医者の当たり外れなどがあるので、他国(オランダとかハンガリーとかマレーシアとか)に治療だけしに行く人も多いらしい。デンタルツーリズムとかメディカルツーリズムでググってみてください。
現地在住者向けのニュースサイトの医療に関するページ
http://www.news-digest.co.uk/news/life/uk-seikatsu-guide/14923-dentist.html
スコットランド在住経験者の医療に関する覚え書き(古いです)
http://square.umin.ac.jp/~massie-tmd/britdentist.html
歯科医の食べログ的なサイト。フランス語。
https://www.dentaly.org/ ]
MS:私も最初は数年の予定だったのでプライベートの保険に入っていました。今は滞在期間がいつまでかわからないのでNHSにも行く、というか頼らざるを得ない。NHSの良さとしては、頭とか心臓とか重要な臓器に関しては治療に入るまでが早いし、感染の危険性がある場合は即個室に入れてくるし、全部タダです。いざという時のスムーズさと、値段の心配をしなくてよいのは安心。河合先生の時よりは技術的にも良くなっているはず。制度自体は好きですね。
MS:イギリス人もNHSの文句は毎日言っていますが、政府の意向が民営化に傾くと怒るし、数年前にジュニアドクターがストライキしたときは、救命医も参加したんですが、国民の50%はストを支持するという調査結果が出ていました。
[医者のスト自体は希に良くあるみたいですが、2015年11月のストライキはNHS歴史上初の全ジュニアドクター参加ということでだいぶ衝撃がデカかったっぽい。
British Medical Associationのプレスリリース
http://web2.bma.org.uk/pressrel.nsf/wall/FA279822D63BE5F180257F0200353A1B?OpenDocument
テレグラフ紙 Doctors could be struck off if strike harms patients
https://www.telegraph.co.uk/news/nhs/11993998/Doctors-could-be-struck-off-if-strike-harms-patients.html]
KW:この芝居は、そのNHSの病院のひとつを閉鎖しようとしているところから始まりますよね。そういう流れは感じますか。
MS:ゆりかごから墓場まで、というオールドファッションな病院はやめようというのは政治の流れとしてあります。
KW:コリンみたいなコンサルタントもありえないわけではない?
MS:あらゆる場面で民間化の波は感じている。ただそれをやって問題があったのでまた国営に戻したりとぐらぐらしている。
[補足:
日経メディカル EU離脱で英国の魂である医療制度が崩壊も
離脱派が唱えた「医療制度が改善する」はウソだった
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/16/100500021/101100025/?P=1 などを参考に]
KW:僕が設定でいまいちわかっていないのが、コリンと父ジョーの関係なんですね。そもそも何でお父さんを病院に入れたのか?プライベートの保険に入れてやれるくらい稼いでるのでは?
KG:[作中の流れとしては]もともとジョーはホームにいたが、病気を理由に入院して、あんな年寄りばっかいるところに戻りたくないと言っている。コリンと疎遠のままだし、すごく独立している親子なのかなと。
KW:コリンと再会したときもボケたふりをしているのかどうなのか? わざとなのか?
KG:その点もふくめて私はジョーが一番気になるキャラ。最初の確執はコリンがゲイであることだったんでしょう。看護師長に好かれてるんだ~という話も「女の話は聞きたくない」と遮られているし、それ関係でお母さんを悲しませていたのかなと。
そういえば、シスターギルクリストの中でジョーの死は「頼まれていること」になっているんですよね。モーズリー夫人までは「頼まれてはいない」。
KW:そうだったっけ?
MS:モーズリー夫人には頼まれた、じゃないですか? [発売分の]脚本にはuntilがついていたはず。モーズリー夫人までは頼まれた、と思い込んでいる。反対にジョーにはミルクで選択肢を与えた。飲んでもよかったし、飲まなければそれでもよかった。
KG:あのミルクを持って帰ろうかという素振りもあった。
『Allelujah!』p.79MS:誰に頼まれたかは不明。ただモールズリー夫人の家族と[相続税についての]やり取りを彼女は聞いていましたよね。It was my houseという叫びを「殺して」と解釈していたのでは?
Voice: ...Nobody ever asked?
Gilchrist: Not until Mrs Maudsley.
*このあたり、誰の発言かをメモしきれていないので間違っている可能性は高いです。
ギルクリストが、自分がした殺人の中には「頼まれた」と(解釈した)ものが含まれていることがポイントかなと。
M夫人に頼まれたよ説=It was my houseをそう解釈した。相続税の話から、そんなことするなら家で看なさいよという当てつけもあった?
M夫人には頼まれてないけど殺したよ説=叫び声と失禁でシスターGが愛する秩序を乱したから。
ジョーには頼まれたよ説=介護施設なんかに戻りたくないと散々叫んでいたので好意で。
ジョーには頼まれてないけど殺したよ説=ジョー自身がリストの存在を知っていたし、濡れ衣とはいえ失禁をしてしまったから。
KG:[untilの使い方も含めて]台詞のさりげなさがすごい。
MS:自転車関係の下ネタもフリですね。コリンのあのピタピタのジャージはジョーの世代ではゲイっぽく見えるよね、という。
[ジョーの世代では、というのが断絶ポイント①かなと。80年代半ばは炭鉱ストだけでなく、ゲイリブを訴える闘争の時代でもあったことをジョーは肌で知っている世代のはず。そして自分の息子が実際にどうやら「あっち側」らしいという現実と未だに向き合いきれていない状態なことは色んなシーンで伺えます。コリンくんのサイクルジャージもプライベート保険の話と合わせて、健康に気を使えるそこそこ以上の収入があること、余暇を楽しむ余裕があることなどの、わざわざ言葉で語らないけどこういう文脈がありますよわかりますよねという目配せと、何?なんなの?サービス精神なの?]
参加者の感想・質疑応答
数字の数は実際の挙手数とは一致しません。あしからず。参加者から①安楽死は英国でどういう扱いなのか?
MS:議論の対象にはなっている。緩和ケアのチェックリストをまとめて共有したりとか。ただ実際にやってみると家族とのトラブルなど問題があって廃止になったり、統一見解はない。[補足:Liverpool Care Pathway リバプール・ケア・パスウェイ
2003年に提唱された、看取りの直にある患者・家族に適切なケアを提供するためのチェックリスト。
PDF→https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspm/7/1/7_149/_pdf/-char/en
日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団 リバプール・ケア・パスウェイ(LCP)日本語版の作成と評価に関する研究
https://www.hospat.org/report_2005-b1.html]
KG:うまくしないとどうしても殺人になってしまうから難しいですよね。実は大学で、法学部だったんですが安楽死が専門でした。
参加者から②現代劇というハードルの低さがあったが、新作なので何かしら意見を持っても比較がしにくい。アラン・ベネットの過去作との違いはあるか?
MS:アラン・ベネット「らしさ」はあった。歴史や文学と皮肉の融合。ストレートな怒りが現れている。特にヴァレンティン医師の最後の台詞。[“Open your arms, England.”]KG:『ミス・シェパードをお手本に』を見たんですが、普通の会話の中に潜んでいる人間関係の描き方がすごく巧み。『アレルヤ!』ではヴァレンティンのラストの台詞よりも、モーズリー夫人の死を説明するくだりで死を「解放」と呼んでいるのがグッと来たし、『ミス・シェパードをお手本に』で書かれていることと繋がった。自分の中にある「善なるもの」の表現。自分[=アラン・ベネット]と同じ、上の世代の自虐的な笑いと切なさ。
MS:イギリス人の特徴は「偽善」だという台詞がありましたよね。アラン・ベネットが2人に分裂するのも葛藤を表している。『アレルヤ!』でも人間の持つアンビバレントな部分をそれぞれ登場人物に割り振っているように思える。
KG:みんなリアルに不誠実ですよね。ソルターもギルクリストも二面性がある。決して悪いだけの人じゃなく、同情したり共感する部分がある。
MS:アンディはもう一人のコリン。コリン親子はサッチャーの分断した親子関係を表している。コリンは植え付けられた「正しさとは関係ない」敗北感により、父親たちではなく「あっち側」に立つことを決める。民営化も本当に彼がやりたかったことなのか?復讐に過ぎないのでは?あの時代に、あの地方でゲイだったことが人生に落とす影。
KG:愛情表現はストレートな親子。ジョーもテストの点数とか自慢するし。コリンは「絶対に潰す」という台詞が良かった。それまで自分を支配していた敗北感に決着をつけたし、立場的には悪者の台詞なのに切なくて・・。アラン・ベネットを理解していないと演出できない場面。
MS:ヒストリーボーイズでもそうですね、ヘクターとか・・ちょっと今じゃありえないんですが、生徒をお触りしてしまうような。アーウィン先生も経歴は嘘をついているし。人の中にある「微妙」なところから逃げない。ビリー・エリオットとの近似も感じます。コリンは和解できなかったビリー・エリオット。分岐する人生の難しさ。
参加者より③現地の客席と笑いの感性がズレていて不安になる
KG:国が違えば文化も違うので、気にしないで大丈夫です! そこがわかるのがNTLの良さでもある。KW:シリアスになりすぎるとまずいだろ、というところで笑う傾向はある。
MS:あえて「笑い飛ばす」ことをするかなと。単純に笑いの敷居が低い人もいますが・・。
演じている最中に演者が意図しない笑いが発生してしまうケースも想定できるが?
MS:ブラックユーモアだとアリでしょうね。ただ、ここはシリアスではあるけど真面目にやらなくちゃいけないような場面で笑われてしまうと、雰囲気が壊れてしまった、というのは演者も客席も感じる。[ネヴィルが「カメラがあるぞ!」と言うのは一幕の終わりへのフリでは、という話が出て、そこからまたシスターギルクリストの「使命」の話に戻りました。内容は上で簡単にまとめた通りですが一応。]
KG:頼まれたか、頼まれていないのか、頼まれたことになったいるのか。そこに答えはない。曖昧にして議論を招くのが狙いかも。
KW:It was my houseは強烈な叫びだった。
MS:リストの存在を知っているジョーとのやり取りの綱渡り感。
KG:ダンスのあと彼女はミルクを持って帰ろうとするんですよね。
MS:役者本人もハッキリと答えを持っていないのでは。
参加者より④日本だと要介護の人も基本的に家族に返す方針。施設や病院に入れっぱなしで死んだらホッとするというくだりがあったが、同じ問題が日本にも外国にもあるんだなと。ただ介護への認識の違いも感じた。かかりつけ医は一種の理想でもある。職業柄、どうしても実際の老人に出来るのかどうかを考えてしまうが、ダンスはどういうメッセージが込められているのか?
MS:ずっと入院をさせてはおけない[いわゆるBed blocking問題。The Bethでもソルターやフレッチャーたちがベッドの数が云々という話をしていますね。]、古い病院は閉鎖しなければならない、という流れは国としてある。移民の医者も、BrexitでEU外の人が入ってくるし、逆にスタッフが流出するという現状がある。フィリピン人看護師による殺人事件も実際に起きた。このときはどうもフィリピンの方で資格が偽造されていて、正式な権利がないまま治療行為を行っていたのが原因。そのときリクルート自体は民間に委託されていたので問題視され、またNHSにリクルート業務は戻された。KW:演劇的に老人のダンスについて。日本にも蜷川幸雄さんが主宰のさいたまゴールドシアターという高齢者の劇団がありますが、今回の『アレルヤ!』のキャストはみんなすごく元気だなと思います。寝たきりとか全然歩けないという設定ではないのかも。
KG:二幕の開けは、きっと老人たちが若い頃流行ったであろう曲で始まって踊る。実際は高齢であそこまで元気には踊れないという意味では嘘だけど、希望も込めた嘘。ハイトナーが巧いのは、老人たちが背負ってきた人生を歌に託しているところ。劇中のダンスも、本当は立っていないのかもしれない。
MS:あれらの楽曲はヒットチャートではある。実際に身体的にどうこうというよりは、ヴァレンティン医師が言及した「年老いても腸は若いまま」のメタファー。
参加者より⑤移民とEU民の間で制度的に違いや優遇はあるのか?
MS:ビザが違う。ヴァレンティンの滞在資格問題についてはウィンドラッシュ世代を意識しているのでは。アラン・ベネットもインタビューで言及していたはず。[どのインタビューだろう?] 移民として連れてこられて永住資格を与えられたはずが、政府の不手際により資格を剥奪されたという問題が起きた。[BBCニュース - 英内相、カリブ海移民「ウィンドラッシュ世代」に謝罪 英国育ちでも強制退去の危険
https://www.bbc.com/japanese/43792424
ガーディアン紙 子どもの頃親と移住してきたので自分の正式な身分証明書を持たないまま現在に至り、不法移民扱いされる事例も。https://www.theguardian.com/uk-news/2018/mar/30/antiguan-who-has-lived-59-years-in-britain-told-he-is-in-uk-illegally]
自分も非EU民としての締め付けのようなものは感じている。なのでヴァレンティンへ感情移入してしまう。本当にここは永住権を得てまで居続ける価値のある国なのか?
今回、字幕で大変だったろうなと思うのは、台詞の中でのBritishとEnglishの使い分けを表現すること。具体例がぱっと出せないで申し訳ないのですが、うまく訳されているなと感じました。
KG:翻訳担当者は。イングランドとされるものを人格、ブリティッシュで表現されたものはシステムや制度として考えて工夫していました。
MS:「イングランド的なもの」をアラン・ベネットは重要視している。ひとくちにBrexitと言っても、イングランドとスコットランドとアイルランドで意見は分かれた。ヴァレンティンの最後の台詞、”Open your arms, England.”の最後のEnglandは販売された脚本には書いていない。本番で付け足されたもの。
『Allelujah!』p.87KG:字幕もかなり悩んでいましたが、シンプルな語りにしようと。
Valentine: Open your arms before it’s too late.
参加者より⑥自分の境遇に重なるところもあり、コリンの赤いサイクルジャージは心の鎧に見えた。自分は根付けなかった地元へと気合いを入れて帰るという。NHSでは医療と介護は別枠なのかが気になった。また最後にヴァレンティンが歌わされる場面、「これ以上は歌えない」と拒絶するのは何故か。
参加者より⑦コリンが自転車で登場するオープニングは『ヒストリーボーイズ』へのオマージュだと思った。アンディやコリン、その親世代とネオリベ世代の断絶も覚えのある図。老人のダンスは正直冗長に見えていたが、「つまらない」と感じる本音を引き出されたようにも感じる。
MS:地方の若者の閉塞感については、アラン・ベネットはずっと書いてきています。この作品ではアンディ。炭鉱という唯一の解決策も今は無い。ジョーにしたことは確かに酷いんだけど、その前にジョーも結構酷いことを言っている。
*このあたりメモが錯綜しているのと、実習生アンディの話は他にもちょこちょこ出たので内容をまとめて補足しておきます。
アンディはもう一人のコリンとして設定されている側面はあるけど、ちょっと浅いというか彼だけ何を考えているのかわからない。(これに関しては「そもそも何も考えていないのでは」という指摘もありました。)見た目はジャージでスニーカーで典型的な若者だけど、GCSEを一科目取っているので馬鹿なわけじゃない。ただあの町にはもう炭鉱はなく、彼は炭鉱夫にすらなることが出来ない。ジョーに尿をかけるシーンについては学歴マウンティングされた腹いせ、恵まれた高齢者世代への反感、単なる嫌がらせ、弱者がまた別の弱者を虐げる構図、軽い気持ちの行いが取り返しの付かない結果を招くメタファー、などの意見が寄せられていました。
GCSE 義務教育終了時に受ける全国統一試験。結果で進学先が決まる。コリンくんはAクラス云々の言及があったので、かなり優秀かつ努力したことがわかる。そこまで勉強に駆り立てた理由が何にせよ・・。
オックスフォード・インターナショナル・エクスチェンジ 英国小中高留学の基礎知識
http://www.oxford.or.jp/boarding-school/uk-education-background/examinations.php
おれはコリンくんが名刺渡すシーンが好きなんですよね。イケメンがいたから声かけちゃったよとジョージに軽口で報告してるけど(イチャイチャしないで)「15年前の僕みたいだった」とさりげなく付け足すあたりに、コリンくんがあの時してほしかったことをやってあげているのが伺える。根は良い子なんです。コーラスで歌わされていたことも、歌うこと自体よりも「騙されて」というあたりに反発していたんだろうなー。子どもなりに大人達の怒りや危機感は認識していて、それでもちゃんと一緒に戦わせてもらえなかった疎外感が敗北感に拍車を掛けたのでは。
*またヴァレンティンの歌について。エルガー云々の話をしたのはおれなので内容をまとめておきます。
最後にヴァレンティンが歌詞を朗読するよう命じられた曲は、Land of Hope and Glory『希望と栄光の国』です。『威風堂々』第1番に歌詞つけた曲なので耳馴染みあるのでは。国歌サイコー!この国に生まれて良かったー!という歌詞、イギリスでは第二の国歌とも呼ばれスポーツの式典やプロムスで使われること、保守党の党大会で必ず流すことを踏まえて、あの場面はかなり性格が悪い。その次に流れるのが「Get Happy」だし、歌詞は「心配事はみんな忘れてハレルヤと歌おう」なので文脈の積み重ねが凄い。挿入歌を一曲ずつつぶさに見ていく遊びも良いのでは無いでしょうか。
Land of hope and glory Last Night of the BBC Proms 2012
00:02:42あたりから。
Land of Hope and Glory,
Mother of the Free,
How shall we extol thee,
Who were born...でヴァレンティンは歌うのを辞めています。
「作曲者も嫌ってる」エピソードについては恐らく史実ではなく、むしろエルガー本人の希望により保守党以外はこの曲を使えないのを逆手にとった「エルガーが愛したあの頃のイングランドは既に無い」という皮肉なのでは?→KW:恐らくそうでしょう、ということでした。
MS:途中のインタビュー動画でも「コーラスにコーラスとしか書いていない」とあったんですが、最後のLand of Hope and Grolyだけはト書きで指定があります。[あります。]
歌を止めたのは歌詞が問題というよりも、ヴァレンティンの諦めと、その国が彼を今まさに追放しようとしている状況の残酷さが原因では。
ベドラムの話も同じようなタイミングでしたと思うのでこちらに。
The Bethは字幕では「ベツレヘム病院」と訳されていましたが、これは悪名高い精神病院Bethlem Royal Hospitalへの目配せだよね、という話でした。うまいこと映ったショットがないんだけど、セットのてっぺんに「BETHLEHEM HOSPITAL」って書いてあるんですよね。あとベドラムって今はモーズレイ病院(Maudsley Hospital)って名前なんですよね。ギルクリストの殺人がバレたのはMaudsley夫人に注射している場面を撮影されたからなのは偶然ではないんじゃないでしょうか。名前ネタでいうとコリンくんは苗字がColeman=語源は「黒く日に焼けた人」で、ザ・炭鉱街の子という感じだし、ギルクリストの名前はアルマ Alma=ラテン語で「魂」だしなんならGilchristの中にはChristが含まれており、おれたちはアラン・ベネットの掌で転がされているな・・という与太話です。
*その他演出や演技については↓
KG:翻訳しないと演出をよく見られるんだなあと実感したんですが(笑)舞台に何もないところに自転車でサーッと現れて、電話一本で地方だとわかったところで病院が出てくる。どんどん狭いところに空間を追い込んで情景を立ち上がらせる。
MS:コリンとジョーの微妙な関係がとても良かった。
KW:最後の電話が疑問。息子の反応、冷たすぎない?
MS:あの反応がすごくリアルだと思った。実際、自分の大事な仕事中に親からどうでもよさそうな電話がかかってきたら、あーはいはいじゃあまたねーとなってもおかしくない。
参加者より⑧半官半民のような医療施設で働いていたので、尿瓶のシーンは尿カテーテルの方が楽なのにな~とかそういう視線で見ていた。被介護者の優越のリアリティがすごい。イギリスでもケアする側のポジションは低く見られがちなのか。
参加者より⑨シスターギルクリストのDon't leave it's too lateという台詞が印象的。彼女の理念である「正しさ」と「早さ」が現れている。
KW:ギルクリストを演じたデボラ・フィンドレイ、1982年の『トップガールズ』で初めて見たんですがその頃から感じは変わらない。信念のある役が似合う。MS:ちなみにシスターはシニアナースのことで、修道院などとは関係ありません。ギルクリストは圧倒的な悪ではないんですよね。13才から外で働かされて、実はスペルもわからないというシーンが出てくる。最後の尋問シーンでJust a womanなど、虐げられる者としての描写もある。
看護師の中には確かに望んでここに来たわけではないと思っている人もいる。正看護師の仕事が回らないので、無資格のスタッフが基本的なケアを任せられて起きた事件や事故もある。
KW:下に見られる意識は日本以上にあるかもしれない。servantが実際にいた国なので。今度NTLでも上映するAll my sonsでも母親が床に這いつくばって拭き掃除をするなんて屈辱的な行為をしている・・という家事をすることに対する怒りの描写がある。
MS:[日本ではおもてなしとか精神面で片付けるようなことを]workとして割切っているところはかなりある。ゴミを道端に捨てるのも、掃除する人の仕事を奪ってしまうからと言う人は数年前には実際に居た。上下の関係とは別に、[それを担う人間がいる、]workがそこにある、という意識はかなり強いのでは。効率化による分業の意識。
KG:私はギルクリストがすごく正直で誠実な人だと思った。死に関する、人の「本音」をすごく敏感にキャッチしている。誰もやりたくないことをやっている人ではあるし、子どものころ働きに出て「清潔にするのが仕事」と言われたことを忠実に守り続けている人でもある。それを自分は可哀想な人なんだ、犠牲者なんだ、と大袈裟な言い方じゃなくて淡々と述べるあたりに真実味がある。反省の仕方も知らないじゃないのか。そういう台詞もあるし。
アラン・ベネットも、彼女に罪を犯させた原因を追求するが、その答えは用意していないと思う。
参加者より⑩ギルクリストに「怖さ」を感じた。殺したからではなく、教育をきちんと受けて来られなかった環境への怖れと嫌悪。周囲とうまく関係を築く方法を知らないこと、自分を表現することも、受容されることも知らなかったんだなと。表彰式でもスピーチの内容はキツいけど話している本人はちょっと嬉しそうだった。
KG:最後のヴァレンティンとの会話がねえ。「反省と正直は違うと言われた」って、自分なりにやったことへの否定だと受け取ったのでは。逮捕されても何が悪いのかまだわからない。かといって彼女を悪だと一方的に断じることもできないモヤモヤがそのまま観客に託されている。参加者より⑪ヴァレンティンの「インドでは家で家族を見る」という台詞がちょっと気になった。誰が見るんだろう?と。社会でのケアの在り方の差を感じた。
KG:確かに『わたしはダニエル・ブレイク』を思い出した。日本人はあの台詞を聞くと、結局家では娘や嫁が介護するのでは?という先を考えがちだが、意図としては施設にいれっぱなしで見舞いにも来ない事に対して理想を示しているのでは。それをギルクリストは「必要のないひと」と解釈してああいう行為をした。下手に大きい話にしないのが巧いなと。参加者より⑪『ミス・シェパードをお手本に』ではヴァレンティン役のサシャ・ダワンが医師、シスターギルクリスト役のデボラ・フィンドレイはリベラルな女性を演じていたが、この配役は意図的?
KW:意識的に重ねていると思います。MS:サミュエル・バーネットとサシャ・ダワンは『ヒストリー・ボーイズ』でも共演していますが、いわゆるハイトナー組ですね。重宝されているし、気に入られているんだと思います。ある程度過去作を知っている前提の目配せもあるでしょうが、とにかくイギリスでは『ヒストリー・ボーイズ』という作品の人気がものすごいので。ファンも待ってましたという感じですね。
これは日本語に変換すると「ヒストリー・ボーイズは人生に良い影響をもたらします」といういみになります。勉強になりましたね。以下はCMです。Chanto Miro。特に興味がない人は読み飛ばしてください。
『ヒストリー・ボーイズ』
Amazonプライムビデオ
レンタル199円、データ購入1500円、DVD(日本語字幕のみ)1001円
本国円盤は特典映像あり
https://www.amazon.co.uk/dp/B000M2DLIY/
アラン・ベネット脚本の同タイトル舞台がマジで最高にグローバルにヒットしたのを受けて、キャストそのままに映画として再構成した一本です。80年代英国の停滞感、進む中流化により努力次第では階級だって飛び越せるかもという期待に騒ぐ労働者階級の人々、一方で古き良き「教養」は「革新」という名の効率化によって死に絶えるのか?、という切り口でも当然楽しめるのですが、単純に地方の進学校の男の子たちが成り上がるために決めるぜオックスブリッジ入学!でも学生は恋愛も勉強も同時にしなくちゃいけないのがつらいところだよな!というお受験青春恋愛ムービーとして面白いのでおすすめです。
とはいえただ「若いっていいよな」で終わらないのがさすがの筆力と観察眼。自分も労働者階級の出身であり、地方の公立校からオックスブリッジに進学した経験の甘さも苦さも重ねられており、アラン・ベネット〈らしさ〉と呼ばれるものは「優しさ」という言葉でその一端を言い表せられると思うのですが、それはただ単純に良いところを羅列する行為とは違うというのを見る度に感じる。ラストの(露悪的にも思える)呆気なさは誠実さと表裏一体で、それだけ必死に頑張って良い大学に入ったところで未来は必ずしも約束された栄光や幸せが待っているわけではないという現実も、翻って輝かしい日々の尊さが増す、という人生を積み重ねることの肯定であり慰めなのかもしれない。いろんな味が口内に広がるけど余韻が良い脚本なんですわ。
バーネットはんが演じているのはポズナーくん。クラスメイトのイケてる男子に片思いするかわいい男の子役なんですがこれ以上は言うより見る方が早いし、おれはヒスボ初見の人の「エッ?!」が三度の飯より好きなんだ。特に『アレルヤ!』でコリン役のおサミュエル・バーネットはんに動揺した人は、作品にもキャラにも共通点が見つけられてより理解が深まるし、あと単純にめっちゃかわいい(本当に無限にかわいい)(かわいいから産まれたかわいい太郎のバーネットはん)ので、ちょっとおやつを我慢してレンタルしてもらえると嬉しいです。脳がズビズビになったら手を挙げてください。握りしめにいきます。別れの挨拶のな。
ちなみにナショナル・シアターのアーカイブスで予約すると舞台版の映像が視聴可能です。資料用なので見切れていたり画質も悪いけど、歌と踊り付きだしストーリーもやや違うので渡英時に合わせていかがでしょう。え?舞台版のポズナーくんの行く末?知らないな・・。
~CMおわり~
参加者より⑫みなさんの思う良かったところ、気に入ったところを教えてください。主にサミュエル・バーネットさんを褒めてもらえると私が嬉しいのですが・・。
誰ですか?こんなこと言ったの。HY:バーネットさんのことじゃなくて申し訳ないのですが、シスターギルクリストの「私は看護がやりたい」という台詞に、システムの歪みが現れているように思えて印象的です。
KG:あの、またバーネットさんのことじゃなくて申し訳ないんですが、ヴァレンティンと患者さんの「覚えてないことはLa La...de誤魔化せばいいの」というやり取り。癒やされた!患者の個性も出ているし、ヴァレンティンの優しさもわかる。
KW:ブリティッシュらしさは偽善である、という認識。特にソルターが「老人なんか好きな奴はいない。撮るなよ」は笑った。
MS:ひとつに絞るのは難しいんですが、字幕では「解放」と訳されていた語は原文ではclosureなんですね。これは病院の「閉鎖」と掛けているんじゃないかと。こういう単語ひとつでも色んな意味を持って遊んでいるのがベネットの巧さ。it’s too lateもギルクリストとヴァレンティンが、全く違うところで違う使い方をしている。bardenもヴァレンティンは「英国人であるという荷物は他の人に任せる」と言うニュアンスだが、ダンスシーンでは違う。[ここもメモ不足なのでどのダンスシーンの何の歌詞か失念しています。覚えている人は教えてください。]
ここで時間が来て解散でした。
雑感
初回参加後、今後のNTLでもこういう(自由闊達な)雰囲気が維持されるのかが気になっていたが、やはり題材によって多少は左右されるという話も聴いた。(リア王の時は父と娘の関係について実体験語りで盛り上がったそうだが。)特に今回は『語りあう』というよりも『語りに耳を傾ける』という側面が強かったように思う。現代劇だったのも大きいだろうが、福祉と介護というテーマ=命題は今や家庭内の女性だけが追うものではないということだろう。実際質問者の半数が男性で、ケアする側/される側/身近に当事者がいる側と立場も様々だった。それだけ幅広い層に「刺さった」作品だったのではないか。
初回のイメージのままでいたので「活発な意見交換」とは違う雰囲気に少し戸惑ったが、なにかしら思うことはあれど、演技や演出がどうこう以外の自分のエモーショナルを語るために、前提となるパーソナルな部分を開示する必要が(ある程度)要求されるテーマではあると思う。自分の気持ちを言葉にして表現する、というのも、他人の語りにただ耳を傾ける、内面と対話する、というのはメンタルケアとして一般的に行われる手法なので、それ含めて今までのシェイクスピア・古典劇と全く違う、現代劇・新作の良さと、なにより今の日本で公開のタイミングが合致したんだと思う。
先生方も四角い批判をあんなに丸くおさめる手腕をお持ちのはずなのに(尊敬しています)、作品の内容や役者の演技に関しては終始褒めベース。各キャラもっと掘り下げられそう、全体的に観察眼が素晴らしいけど実習生のアンディはちょっと足りなかったかな(勿体ないな)というぐらいかな。
アラン・ベネットがあそこまで直球に物語を締めたのは、メッセージの緊急性もだけど、劇自体の出来に気を取られるんじゃなくて、そこを起点に、自分を主語にして議論してほしかったんじゃないか。
そういう意味では今回の『語る会』の意義を特に感じたし、あの場で語られたことば以外の、それぞれ喚起されたことばたちも、いつかどこかで、何の形でも良いから誰かと交換されていてほしい。
個人的には同人イベントでもこんなに他人の語る推しの話聴かないので、それだけでうれしかったです。終了後に村上さんに「サミュエル・バーネットさん、お好きなんですか😊」とやさしく話しかけていただいてめちゃくちゃ恥ずかしかったのは内緒にしておいてください。好きかどうかでいうと、ETERNAL LOVEです。
おわり
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